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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)702号 判決

控訴人 石川純孝

右訴訟代理人弁護士 増田道義

同 佐野徹

被控訴人 木村成子(旧姓籾山)

右訴訟代理人弁護士 山口達視

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金四〇〇万円及びこれに対する昭和四九年九月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  主張

1  控訴代理人

(一)  被控訴人は、強皮症の治療のため昭和四七年五月二五日から昭和四八年四月五日までの長期間にわたりステロイド剤を服用し、その副作用等により精神に異常を来たし、妄想によってありもしない交通事故の存在を主張しているものである。

(二)  被控訴人は、その主張の交通事故の以前から強皮症に罹患し、症状が徐々に進行していたものであり、右事故後はじめて強皮症の発病をみたわけではない。また、強皮症の原因は、今日の医学においてなお不明とされており、これにムチウチ症を挙げる説は存在しない。したがって、仮に本件において被控訴人主張の交通事故の存在が認められるとしても、これと被控訴人の強皮症との間に因果関係を肯定することはできないというべきである。

(三)  交通事故によるムチウチ症と称するものには詐病ないしこれに類するものがしばしばみられるところであり、本件において、被控訴人が昭和四六年九月初めに受診した川瀬病院の頭部外傷、頸椎捻挫なる診断も、被控訴人から症状を聞き無責任な即断をしただけのものであって、その信ぴょう性は極めて疑わしいとみるべきである。

2  被控訴代理人

(一)  控訴代理人の前項(一)の主張のうち、被控訴人が強皮症の治療のため主張の期間ステロイド剤を服用したことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同(二)の主張は争う。現在の医学では未だ、強皮症の原因について一元的にその発生のメカニズムが解明されるに至ってはいないが、少なくとも血管もしくは神経の損傷が強皮症発生のひきがねになりうることは明らかにされている。したがって、本件事故と被控訴人の強皮症(本件事故後にはじめて発病したものである。)との間の因果関係に欠けるところはない。

(三)  同(三)の主張は争う。

二  証拠関係《省略》

理由

一  当裁判所は、被控訴人の本訴請求は控訴人に対し、損害賠償金四〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和四九年九月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正・附加するほかは、原判決が理由一ないし三に説示するところと同一であるから、これをここに引用する。

1  原判決六枚目表六行目に「供述」とある次に「(いずれも原審第一回)、」と、同枚目裏六行目に「供述」とある次に「(原審第一、四回)」と、同七枚目表七行目に「被告本人は」とある次に「原審における第一ないし第三回尋問及び当審における尋問において、」と、同八枚目表五行目に「被告は」とある次に「原審第二、三回尋問において、」と、同枚目裏八行目に「供述」とある次に「(原審第一、四回)」と、同枚目裏末行に「供述」とある次に「(原審第一回)」と、同九枚目裏四行目に「被告は、」とある次に「原審における第二回尋問及び当審における尋問において、」と、同一〇枚目表七行目に「供述」とある次に「(原審第一回)」と、同枚目表末行に「被告は、」とある次に「原審第一、三回尋問において、」と、同枚目裏五行目に「供述」とある次に「(いずれも原審第一回)」とそれぞれ加える。

2  原判決七枚目裏一行目の「原告は」から同裏末行の「ないか。」までを削除し、同八枚目表六行目の「供述し、」から同九行目の「様子である。」までを「供述するが、」と、同九枚目裏七行目の「原告の供述に」から同一〇枚目表六行目の「趣を異にする。」までを「ところで、控訴人は、被控訴人が強皮症の治療のため昭和四七年五月二五日から昭和四八年四月五日までの間ステロイド剤を服用し(この事実は当事者間に争いがない。)、その副作用等により精神に異常を来たし、妄想によってありもしない交通事故の存在を主張していると主張し、原審における第一、三回尋問において同旨を供述する。なるほど、成立に争いのない乙第八、九号証の各二、同第一一号証の医学文献には、強皮症を含む膠原病の治療にステロイド剤を用いた場合の副作用として精神病ないし精神異常の発病がありうることが指摘されているが、被控訴人にステロイド剤を投与し、その後も診察を続けた立川第一相互病院の担当医師作成の診断書ないし病状報告書である後記甲第七号証、同第一一号証中には、右副作用が被控訴人にいささかなりとも発現したことをうかがわせる記載は全くないし、また、被控訴人は、前認定のとおり昭和四六年九月初めに松本課長に対し事故による受傷の事実を告げ、後記認定のとおり昭和四七年一月半ばすぎには控訴人に対し事故の責任をただしているのであって、ステロイド剤の服用開始後はじめて本件事故の存在を主張し出したわけではないことも明らかである。」とそれぞれ改め、同一〇枚目裏一、二行目に「それらの外、精神異常を疑いうる証拠がある訳ではない。」とあるのを削除し、同一一枚目表一行目の「以上の」から同四、五行目の「信を措く。」までを「他に被控訴人が精神に異常を来たしていることを疑わせる証拠は存在しない。以上のほか、控訴人は、原審における第一、三回尋問及び当審における尋問において、自分は昭和四二年に運転免許を取得して以来事故を起こしたことがなく、任意自動車保険の保険料について最高の割引率の適用を受けている、被控訴人が供述する控訴人運転車両の当夜の走行経路は、控訴人供述のそれと比べて距離的に長く、交通混雑も激しい、双木を降ろしてから新宿駅前を経て青梅街道を進行する間、控訴人運転車両が赤信号で停止することはほとんどなく進行したかの如き被控訴人供述(原審第一、四回)につき、そのようなことはありえないなどと供述して、事故の存在を主張する被控訴人の供述の信ぴょう性を攻撃するが、右に挙げた控訴人の供述内容それ自体は肯定しえないではないとしても、これらは、被控訴人の供述中、後記認定の控訴人の過失による事故の存在をいう部分の信ぴょう性の有無を判断するにあたって、決定的な意味をもつものとは思われない。」と改める。

3  原判決一一枚目表五行目に「右供述と証言によれば、」とあるのを「4 結局、原審における被控訴人本人の供述(第一、四回)と証人奥田能子の証言によれば、」と改め、同枚目裏一行目の末尾に「原審及び当審における控訴人本人の供述中、右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。(弁論の全趣旨によれば、本件事故については、所轄警察署の事故証明書の発行がなく、刑事事件としての捜査も行われていないことがうかがわれるけれども、このことが本件事故の存在を否定すべき理由となるものでないことは明らかである。)」と加える。

4  原判決一一枚目裏四行目に「原告本人の供述、この供述」とあるのを「被控訴人本人の供述(原審第一回及び当審)及び同本人の供述(原審第一、三回)」と改め、同一三枚目表五行目に「できる。」とある次に「控訴人は、原審における第一、二回尋問において、被控訴人には昭和四六年八月前から、銀行員としては異常に執務上の間違いが多かった、それは今にして思えば強皮症の前駆症状によるものと思われる旨供述するが、《証拠省略》によれば、昭和四六年八月前の被控訴人の執務ぶりは一応普通と評価しうるものであって、控訴人の供述するような異常なところはなかったものと認めることができ、他に被控訴人が本件事故前から強皮症に罹患していたことをうかがわせる証拠はない。」と、同一三枚目表六行目に「膠原病」とある次に「の一種である強皮症」とそれぞれ加え、同七、八行目に「ムチウチ症状が現われ、」とあるのを「ムチウチ症状が現われ(控訴人は、被控訴人が昭和四六年九月初めに受診した川瀬病院の頭部外傷、頸椎捻挫なる診断の信ぴょう性は極めて疑わしい旨主張するが、右主張を具体的に裏付けるに足りる証拠は何ら存在しない。)、」と改める。

5  原判決一三枚目裏二行目から同裏末尾までを次のとおり改める。

「2 《証拠省略》によれば、現段階における医学的知見においては、強皮症につき医学上にいう病因は不明とされているが、医学文献には、「小動脈および毛細血管レベルの血管障害が成立病理における最初の障害であると考えられる。」(乙第六号証)、「ある患者では著しい血管運動神経性反応を示し、またある例は明らかに血管もしくは神経の外傷後発病しているといった事実は神経血管因子の重要性をさすものである。」(乙第七号証)、「……血管運動神経・神経刺激因子・過敏性などがある程度まで関与するものと考えられる……」(乙第八号証の一)といった記述がなされており、《証拠省略》によれば、立川第一相互病院の担当医師は、被控訴人の強皮症につき、ムチウチ症をひきおこした外傷がその発病に全く関与していないとすることはできないと診断していることが認められる。右に述べたところと1に認定した病状の推移とをあわせ考えると、被控訴人の強皮症は、本件事故による頭部外傷、頸椎捻挫が契機となって発生したものであって、本件事故と右強皮症との間には因果関係を肯定して妨げないというべきである。

しかしながら、右乙第六、七号証、同第八号証の一の医学文献によれば、強皮症の発病には、体質、素質などの要因、その他の因子が複雑に関与するものであることがうかがわれ、被控訴人の強皮症も本件事故が唯一の原因となって発生したものとは認め難いところであって、被控訴人自身の体質、素質などの要因も右発生に相当程度寄与しているものと推認される。そして、このような場合には、右1に認定した被控訴人の病状による損害の全部を本件事故による損害と認めるべきではなく、本件事故が右病状の発生に寄与している限度において相当因果関係が存するものとして、その限度で控訴人に損害賠償責任を負担させるのが公平の理念に照らし相当であるというべきであり、以上に認定した諸事情を勘案すると、本件においては、右1認定の被控訴人の病状による損害のうちほぼ四分の三程度を本件事故と相当因果関係のある損害と認むべきである。」

6  原判決一四枚目表三行目に「供述」とある次に「(原審第一、三回)」と、同行目に「成立した」とある次に「ものと認められる」とそれぞれ加え、同枚目表七、八行目に「、第二九ないし第三五号証」とあるのを削除し、同枚目裏八行目に「七月」とあるのを「六月」と改め、同一五枚目裏四行目に「なること、」とある次に「被控訴人は昭和四七年上期から昭和五〇年上期までの各賞与金の支給を受けていないこと、」と加え、同枚目裏六行目の括弧書きを削除する。

7  原判決一六枚目表九行目と一〇行目との間に次の説示を加える。

「 右1、2の損害の合計は二七二万九七五二円となるところ、前記二、2に説示したところに従い、控訴人が賠償すべき額は、ほぼその四分の三にあたる二〇〇万円と認むべきである。」

8  原判決一六枚目表一〇行目から同裏一行目までを次のとおり改める。

「3 慰謝料        二〇〇万円

先に認定した本件事故の態様、被控訴人の受けた傷害の程度、その後の入、通院の期間及び病状(もっとも、被控訴人の本件事故後の病状のすべてを本件事故に帰せしめることの相当でないことは前叙のとおりである。)、その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、本件事故により被控訴人が被った精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇万円をもって相当と認める。」

二  よって、右と異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林信次 裁判官 浦野雄幸 河本誠之)

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